日本は今2500年の歴史において大きく変わろうとしている。
慣習・因習の破壊がすすんでいる。

若者は無宗教を免罪符・言い逃れのためもちいている。
単に墓参り、お彼岸、節句、お施餓鬼を面倒、お金が面倒くさいと逃げているだけなのである。
世界中どこをさがしても無宗教者は皆無。
心を持つことはすなわち脳の思考はすなわち最終的によりどころを求める。
心と心のふれあいを求める。
魂の起源を求める。科学的にDNAのにおいを求める。
すなわち先祖の魂の交流を求めるのは自然な摂理。

慣習を捨ててはいけない。因習を捨ててはいけない。永大供養やインターネット墓は文化の昇華ではなく破壊である。

我々は我々の先祖から今の日本を譲りうけている。文化の継承は我々の責務、魂の交流の条件である。

さあ堂々と日本を受け継ごうではないか。