78a81d12.jpg漆工芸家・角偉三郎(かど・いさぶろう 1940-2005)。生涯に生み出した”器”は、1000種以上。「漆っちゃなんやろ」と問い、「生活の中の漆」を求め、溢れる程の創作意欲を見せた工芸界の革命児。

石川県輪島の下地職人の息子に生まれ、15歳で沈金の修行を始めた角は、パネルに漆で絵を描く作品で公募展に次々入選。38才という異例の若さで改組日展の特選を受賞する。しかし2年後、角は一切の公募展から退いてしまう。漆を使い絵画的な表現をすることに意味が見出せなくなったのだ。苦悩の日々を送った末にたどり着いたのが、かつて輪島の隣町・合鹿で作られていた無骨だが力強い漆椀。

美術作品の中の漆ではなく、毎日の生活で繰り返し使われ、両手で掴み、口唇にふれる器の中にこそ、漆の本来の姿があると考えた。

ざっと削った大椀の木地に漆をドドッとかけ流す。近づくだけでかぶれるという漆を、じかに手に取り、エイヤッと椀に塗りつける。豪快さと美しさを両立させた造形と、使うほどに輝きを増す艶を持った角の漆器は使い手の圧倒的な支持を集めるようになる。 漆をつきつめ漆と共に暮らす喜びを示した角偉三郎。

彼の目指した漆の工芸作品は10万個。
彼の境地は生き方は対極にあるが円空にも相通ずるものだ。
江戸のある意味華やかな芸術とは一線を画して、庶民のための仏をほり続けた円空。
生涯12万体の木仏を彫ったといわれ最終的には自ら三年の業で即身仏となった。

究めるとはまさにここにあり。