c63a9997.jpg小堀遠州の茶道具を含めて閲覧した。
さて綺麗さびという美学に到達したかれだが
禅の世界を知れば知るほどきれいさびの到達する心境は
やや身贅沢とも感じる。

彼曰く
「古いものも元はすべからく新しいものである・・・」
と言っている通り
古いものを全て良いとせず古いものもいいものと良いものとがあり
新しいものでも同じであるという観点を述べている。

しかし茶道自体はそれ以後裏・表千家と遠州流と流派のなかで熟成を終えていること。
多くの茶名人が元々は茶道のお家柄とは無縁であること。
これらは現時点の茶道の状態いわばお金のからむ遠州流・千家の世継ぎの世界と全く矛盾した世界。

また千利休の御用器であった楽茶碗も同じくなぜか一子相伝という摩訶不思議な世界。

芸術に遺伝子は関係ないものであり
まさに 芸術が生まれるときがそのときでありそれは常に新しい始まりといえよう。