柔道家が柔道するのに賭けをするだろうか。ゴルフ道という言葉がある。おそらくゴルフを人生になぞらえてゴルフというスポーツを捉えて人生の修練に充てることで生まれてた言葉であろう。
けして麻雀やパチンコ、競馬を非難しているわけではない。それは誤解である。賭け事をもともとビジネスとしている仕事もそれに興じることも僕にとってはどうでも良いことで揶揄しない。
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ただ私はゴルフを競技としてさらにゴルフ道を究めたいという輩ほどこの賭け事をゴルフ競技に持ち込むことを感心しない。
賭け事をしたいなら他でやってほしいのだ。
ゴルフというスポーツ性はそれだけで陳腐なものに成り果てる。下手であれこそアマチュアでありアマチュアイズムを味わえるのにあえて賭け事をして負けて相手にお金を払ったりまた勝ってお金を受け取ることで何になろうか。
報酬を払うことも報酬を得ることも許されない。
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賭け事をしないと燃えない、緊張しない、これは授業代だ、などという決まり文句は賭け事好きの情けない言い訳だ。
純粋なスポーツにルール以外に燃えない、緊張しない、授業代を要する制約はないはずだ。
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ゴルフを純粋に楽しんでいますか?
ゴルフスポーツをしていますか?
ゴルフを通して人間性を成長できていますか?
ゴルフをしない人からも尊敬される自分がありますか?
貴方は明日から賭けゴルフをやめれますか?
賭けゴルフを誘われても笑顔で断れますか?
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3年前に純粋に潔いゴルファーを失った。私の親友でありライバルであった。彼とは百回以上ゴルフラウンドを行った。
当然ながら彼は紳士だった。真の意味で。
これからも純粋なゴルフをしたいと思う。
命日を過ぎて。SOY