イギリスの哲学者ジョン・ロックは自由原理主義思想でありアメリカ建国に多大な思想影響を与えたとされる。
僕が彼の言葉で影響を受けたのは以下の言葉である。
「人間はすべて唯一神 全知全能なる創造主の作品であり
彼の所有物である。」
一見 ふむむと唸ってしまう。もちろん無神論者でもそうでなくてもこれが自由と何か関係するの?と考えるだろう。つまりこうだ。無神論者は神を地球と置き換えて考えてみると理解が容易い。
つまり地球上にいる人間誰しもが生命、自由、財産の所有権に固執するのは実は厳密にそれらが自分の所有物でないことを本能的に知っているからだと唱えているのである。これでも難しいかもしれない。非常に具象化して言えば何億年前にある恐竜が縄張りにしていた土地を今ビル・ゲイツが所有しているとしよう。しかしそれまで幾世代この土地が誰のものかと固執しようとも厳密にいえば誰のものでもないということに気づくこととなる。いうなれば世界中何処の土地も母なる大地「地球」のものであり我々が手にした物も、お金も、土地も法的にいえば一時所有物であるが「地球」からみれば一旦間借りしたに過ぎない物なのである。
結局そういう意味でロックの思想の言う所、我々は神「地球」の創造物であることとなる。
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人間は生涯で得ようと固執する「財産」「土地」「家」は手にしたときに一抹の本質、つまり「これは実は自分のものではないのではないか」という矛盾に気づくものも稀に現れるのだ。それがジョン・ロック氏である。それらは単に「地球」から間借りしているに過ぎず「王」のものでも「国」のものでも誰のものでもないと言っているのである。実はジョン・ロック氏は人間自身が神から外れて「所有」しているものとして個人の「労働」を表現している。人間の労働はその人自身の所有物であり何人が奪えるものではないと。つまり奴隷反対論につながった大切な理論だ。また「自由」を勝ち取ろうとするその精神性も誰から奪えるものではないとも言っている。
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般若心経に「色即是空」という教えがある。色があるものこれ空・無なりという教えだ。以前僕なりの解釈として人間は色がついた現世利益に固執して生きているとした。しかし物もお金も地位も名誉も我々が死んでお墓に入るときには持ってはいけない。気づけば来世に持ち込むことができるのは色がついてないその「精神性」つまり「磨かれた魂」ということと知るわけだ。一方ジョン・ロックも「地球」に育まれて与えられた「土地」「お金」などの色ついたものは単なる間借りしたものであって誰のものでもないことを述べている。ただ人間自身の「思想」「精神性」は誰も神も奪うことができないとしている。
哲学も宗教も突き詰めるとやはり同じ直線上に並ぶこととなる。
色即ち是空なり 魂これ空に非ず なのである。
僕が彼の言葉で影響を受けたのは以下の言葉である。
「人間はすべて唯一神 全知全能なる創造主の作品であり
彼の所有物である。」
一見 ふむむと唸ってしまう。もちろん無神論者でもそうでなくてもこれが自由と何か関係するの?と考えるだろう。つまりこうだ。無神論者は神を地球と置き換えて考えてみると理解が容易い。
つまり地球上にいる人間誰しもが生命、自由、財産の所有権に固執するのは実は厳密にそれらが自分の所有物でないことを本能的に知っているからだと唱えているのである。これでも難しいかもしれない。非常に具象化して言えば何億年前にある恐竜が縄張りにしていた土地を今ビル・ゲイツが所有しているとしよう。しかしそれまで幾世代この土地が誰のものかと固執しようとも厳密にいえば誰のものでもないということに気づくこととなる。いうなれば世界中何処の土地も母なる大地「地球」のものであり我々が手にした物も、お金も、土地も法的にいえば一時所有物であるが「地球」からみれば一旦間借りしたに過ぎない物なのである。
結局そういう意味でロックの思想の言う所、我々は神「地球」の創造物であることとなる。
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人間は生涯で得ようと固執する「財産」「土地」「家」は手にしたときに一抹の本質、つまり「これは実は自分のものではないのではないか」という矛盾に気づくものも稀に現れるのだ。それがジョン・ロック氏である。それらは単に「地球」から間借りしているに過ぎず「王」のものでも「国」のものでも誰のものでもないと言っているのである。実はジョン・ロック氏は人間自身が神から外れて「所有」しているものとして個人の「労働」を表現している。人間の労働はその人自身の所有物であり何人が奪えるものではないと。つまり奴隷反対論につながった大切な理論だ。また「自由」を勝ち取ろうとするその精神性も誰から奪えるものではないとも言っている。
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般若心経に「色即是空」という教えがある。色があるものこれ空・無なりという教えだ。以前僕なりの解釈として人間は色がついた現世利益に固執して生きているとした。しかし物もお金も地位も名誉も我々が死んでお墓に入るときには持ってはいけない。気づけば来世に持ち込むことができるのは色がついてないその「精神性」つまり「磨かれた魂」ということと知るわけだ。一方ジョン・ロックも「地球」に育まれて与えられた「土地」「お金」などの色ついたものは単なる間借りしたものであって誰のものでもないことを述べている。ただ人間自身の「思想」「精神性」は誰も神も奪うことができないとしている。
哲学も宗教も突き詰めるとやはり同じ直線上に並ぶこととなる。
色即ち是空なり 魂これ空に非ず なのである。