1989年初めてのNY旅行。バブル真っ盛りである。ピザカリーナのS社長から名古屋ロータリー倶楽部に勤める姉クロコ氏に打診があった。「イタリア旅行当たるから応募してみて」と新聞一面広告を差し出される。弟であるソイが黙っていない。当時大学2年。死ぬほど行きたいのは・・・。当たったイタリア旅行10日間をS氏に頼んでNY旅行14日に交換してもらったのは言うまでもない。

20歳そこそこの僕には何かも眩しかった。ツアコンの方と姉が盛り上がりhomeパーティーにも行ったし、特別にNYに住むライフスタイルを体験させてもらった。姉の反対を押し切って伝説のディスコクラブ「パレイディアム」にも一人行った。East 14th Street, between Irving Place and 3rd Avenueは夜の1時ひっそりしていた。映画の如くマンホールから湯気が出てたときは胸が高鳴った。女性同伴のみという厳しい中、夜のマンハッタンにポツリタクシーを降りた僕は(当時は観光客がいなかった!)、20分程がんばって黒人女性を捕まえて一緒に入店させてもらった。あの頃音楽が体感できるだけで体が嬉しかった。「パレイディアム」は今でも僕の中で最高のクラブだ。(勿論、芝浦ゴールドも良かった!)夜中の4時にホテルに帰室したときは姉に本気で怒られたな。Palladium (New York City)は1927年にミュージックホールとしてオープン。人種差別なく音楽を楽しむある意味NY のシーンで顔的存在であった。1970年代は movie theater として変貌したあと変革が訪れた。当時の天才クラブプロデューサーSteve Rubell と Ian Schragerがnightclubに変貌させたのだ。1985年である。NY、いや世界を代表するnightclubで多大なる影響を与えた。時代の波にもまれ世紀末を待つことなく惜しまれて1998年にその幕を閉じた。ゆえに伝説のクラブなのである。

兄弟で最終日、NYの高級レストランで食事したあと乗ったタクシー。ラディオを聞けば
Richard Marx - Angeliaが流れていた。NYのネオンに酔いながら、ドライバーにヴォリュームを上げてもらう。しっかり眼と体にNY1989を焼き付けた。
帰国して学生ながら受け持っていたFM静岡の深夜番組でNYクラブシーンを再現した。
録音したDATでNYの音を混ぜながら。米国には散々行ったり留学もしているがアレきりNYには行っていないわけで今や僕がオそるおそる行ったハーレムも観光街且つ高級地であるようだ。1990年前後のNYや東京は本当にある意味「幻影都市」だったのかもしれない。