c7d50230.jpg逢ってもいないが妙に気になるのが光子さんの父、一平氏である。永見会長がそうであったように「自然と逢うべき」時逢えるぐらいに考えている。その一平氏のモノ語りで真っ先に取り上げられているのが「ラウンジチェア・アーム」だ。椅子を50数脚所有しても持っていない。なぜ?いつか手にしようと思っても切っ掛けが無かったというのが本音である。
今回、メープルのアーム板を見なければ・・・また数年後になっていたであろう。
一平氏がこのチェアを手に入れたのが36歳の頃。(逆算してみた、間違いはご勘弁)
そろそろ僕も手に入れて良い頃合だったのか・・。



「ずいぶんと昔のことなのだが、あらためてこの椅子をひっくり返してみると、1978年5月とある。1978年の小田急ハルクで開催された、ジョージ ナカシマ展で手に入れたものだ。
私の目の前でジョージ ナカシマがサインをしてくれたのを記憶している。
なによりも確かな記憶は、当時の私にとっては、とんでもなく高価なもので、それでも、どうしても欲しい気持ちを抑えきれずに、ほとんどやけくそなる決心をしたことを思い出す。

かつて白かったスピンドルは、いい具合の飴色と化し、ブラックウオールナットも時の流れとともに赤みを増す。傷だらけになっても、傷が風合いとなる。30年間という時間が作った美しさだと思っている。
決して飾ってあったのではない。途中の何年間かは、存命だった両親が、なんでも貸せといって、ちいさなテーブルに向かい合って、この椅子で食事をしていた時代もある。」ラウンジチェア・アームのモノ語りより 稲生一平氏 
株式会社古今研究所 代表取締役