9c28f7e4.jpg1839年に創業。若きMr John Charles Cording がこの最初の起源となるお店を開いたのが35歳。元々、outfitter and waterproofersのお店だったことからバヴアーなどと似ているのかとも考えるがその後の方向性が明らかに違う。当初のお店はロンドンの入り口ランドーマーク「the Temple Bar 」のシャドーに位置していた。
当時は妹や従兄弟など家族で操業するこじんまりしたお店であったようだ。

まもなくして「テーラーサービス」を手がけるようになる。1860年の広告には “nautical and sporting waterproofers and tailors”とうたわれている。今でも有名なマッキントッシュなどを先んじて防水コートとして提供してたわけだ。実際、ハンティングする上流のお客や当時はまだ珍しかったオープンカードライブには欠かせないアイテムだった。更に事業拡大を狙って1877年に 19 Piccadillyに場所を移転して1902年にJ.C. Cording & Co Limitedを屋号を変更。この頃からtweed suits なども扱うようになる。

1900年初頭はロンドン再開発事業でこのピカデリーも例外ではなかった。何とかコーディングスはその再開発の波に抵抗してこの地に残留することができた。1909年にはライバルである Burberrys と上流階級での争いの歴史もある。当時のレインコートにおいて「ロイヤルワラント」の称号を得ることは非常に価値あるものであったのである。僕からすれば日本で余り知られていない「コーディングス」が「マッキントッシュ」や「バーバリー」以上のブランディングを持っていた事自体が驚愕の歴史といわざるをえない。その後もウェールズの皇子においてワラントを獲得、ブーツの新特許獲得と目覚しい躍進をみせる。何をいおう世界中でコピーされるTattersall shirts
の発売は元来このコーディングスであった。

戦時も含めてコーディングスにも不遇の時代が訪れる。数あるワークショップや St James's店も閉鎖。そんな時代でもコーディングスは粛々とあの有名なCanvas/Leather Newmarket boot を発表したり何とかしのいできた。その後1971年には創業家からついに経営が外れた。当時の University Motors。その後1991年には現代ロンドンを代表するデザイナーである Jeremy Hackett が経営に加わる。其のときに本来の起源の正確な地に店舗を構えなおしている。1998年にはあのダイアナ妃も表敬訪問。これは英国でニュースとなった。

そんなコーディングスに2003年2月「変革」が起きた。当時の経営チームがそれまでの最上顧客に経営参画をアプローチしたのである。交渉は3分で決定。20分のプレゼンテーションを準備した経営チームであったが残りの17分を聞かずしての決定であった。伝説の交渉劇・・・最上の顧客とは「Eric Clapton」である。2008年に僕が初めてこのお店に訪れたときに店長が「内緒だけど・・・このお店のオーナー・・・」と話していたが後でサイトでチェックしてみたら公の事実であったようだ。

ざっと歴史を簡単に総括したわけであるが今そのラインナップを見てもやはり「ハウスチェックのツイード」などフィールドアウトフィッターを初め歴史に裏打ちされたラインナップが荘厳にならぶ。
アクアスキュータムやバーバリーになくてコーディングスにしか無いものがある。
世界中でこのピカデリーの小さなお店を歴史変遷を経て
この一軒を固守するのには、この一軒が庇護されるには
何か「理由わけ」があるのだ。

コーディングスUK 僕の永年のワードローブである。