ea01144a.jpg名古屋市の高級住宅街の中にある、フランスの田舎町のパン屋のような雰囲気の「ブランパン」がある。 店主の故サラさんはパン職人となって31年。柔道や合気道など日本の武道に強い関心があり、13年前に初来日。フランスが大好きだった亜古さんと出会い結婚。10年前に店をオープンした。
最初はなかなか食事用のパンが売れず苦労の日々が続いたが、「フランスの主食である本場のパンを日本の人にも食べてもらいたい」という信念を曲げずにがんばってきた。現在では2号店をもつまでになり、バケットやクロワッサンなど本格的な味わいと毎日通う固定客を集めるほどの人気を博している。

僕もアフラックもここのクロワッサンが大好きで、ヒッチコック氏にいったてはどこへでもこれを土産にする。サラさんが急死して以来このクロワッサンの味に変化がある。よい意味でも悪い意味ではない。変化があるのだ。
サラさんはかなり求道派であったからレシピとか時間とかバター配分とか細かい部分があったように思えるが、求道派がゆえに自分以外に(家族さえも)教授、伝承してはいなかったのではないか。

それほど食べ物はちょっとしたことが「差・変化」に出やすいものである。僕自身は常に何事でも本日で終了派なためにいつでも「整理・伝承」を心がける奇特な輩である。毎月、仕事場の机を整理するのは「父の教え」である。仕事場は戦場であり、常に何があっても身辺整理しておけと背中で習った。部下に対しては「これを教えるのは後にしよう」という出し惜しみは一切しない。技術継承するために自分がいるのであり「教えれる」のはつねに「いまだけ」と考えて対峙している。(時には教えすぎないことも肝要であるが・・・)

ブランパンさんには今度是非、亜子さんオリジナルのクロワッサン開発で奮起してもらいたい。自分色のパンを作ることで天国のサラさんも喜ぶに違いない。
「おいしいクロワッサンを作る」そんなサラさんの思いは残されたスタッフに受け継がれている。期待したい。