全米ベスト100など日本ベスト100など世界ベスト100など様々はランキングがあるがどうだろう?夢を語るのは自由だ。内容がどうだろうということだ。 事実日本ベスト100なぞは前述述べた通り余りにも作品達の質が悪いにもかかわらず無理やり100にこじ付け選んでしまっている。勿論今でも僕ははベスト15ぐらいが精精関の山というところと考える。 じゃあ全英そして世界そして全米はどうなのか?このランキングについて異論を唱える日本人は少ないはずだ。なぜなら全英に対しては歴史伝統からの尊敬の念そして全米には現在のゴルフ界の全ての権力は渦巻いておりまた、日本人のゴルフ狂達は半ば全英そして全米に対してまるで神に対する崇拝心を持って接っするからである。 つまりイギリスのリンクスは魂・神であり、全米のコースは雄大で日本のコースなど比ではないという輩である。
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しかし、少なくとも私は今までそうであったが・・・、全米のベスト50を巡礼するに従って沸々と疑問が生じてきた。そもそも優れえた、ワンダフルなゴルフ場のとるべき姿はこうであっていいのか?これぐらいなのか? である。 私はアメリカはリンクスに敬意を高くもって接しているのは良くわかるのだが非常にそれが足かせになっていると思う。また当たり前なのかもしれないが伝統そしてプライベートにも弱い。また大都市の名コースにも甘い。 ランキングをみてもパインバレーは今でこそリンクスからパークランドタイプのそれの融合であるがおそらくオープン当初の設計家の理念はリンクスそのものまたシネッコックやバンドン・パシフィックと言ったコース、リンクスとは思えないがぺブルやサイプレス・ポイントとまた最近のサンドヒルズもすでにランキング上位であり云わばイギリスリンクスのまさに模倣である。 (私は模倣を揶揄しているのではない。そればかり求め崇拝するアメリカゴルフの方向性に問題があると言っていうのだ)
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現在造成されているニューコースたちもまさにそれで、恐ろしいリンクス模倣バージョンを造れば高い評価をもらえようという安直な走りである。 実際、ラウンドしてみて判るが模倣から感動は長く続かない。それはテーマパークに似ている。それはどんなに名画でも模写・ポスターでは永遠に人々の心を感動させるのが難しいのと似ている。 リンクスの原型は既にイギリスで始まりイギリスで終わらせたほうが良い。設計家たちはその数百年前の描画法を模倣すべきではない。新しいスタイルを構築していくべきである。決してオーナーのニーズや周囲に合わした絵を描画し続けてはいけない。そんなことをしてきた一流の芸術家など歴史上皆無であろう(もちろん、一部を模倣というスタイルは芸術上において不可欠であるのだが。)
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その意味で近代のロバート・トレント・ジョーンズSrやドナルド・ロス。そして現代のピート・ダイそしてトム・ファジオを私は高く評価する。彼らはいち早く近代においてアメリカにはその大陸性からパークランドタイプが適していると判断して取り込んだ。ピートダイにおいては発展的リンクスを構築した。それぞれに独創性がある。独創性においては現代の後者らのほうが際立っているかもしれない。 彼らのコースは、設計家名を明かされなくてもそれとわかるアイデンディティーがある。それは芸術作品にとってとても大事なことである。 一方で私は、独断であるが例えばオリンピックゴルフクラブ・レイクやリビエラそしてサンフランシスコゴルフクラブ、ロサンジェルスは評価が低い。 ぺブルさえも私ならこうすべきであるホールが半分以上である。おそらくぺブルは景色の雄大性に設計家が根負けした感がある。もっと緻密にシツコク戦うべき素材の作品であった。サイプレス・ポイントはバランスの点で勝る。
またパークランドとリンクスの融合といった新しいジャンルの構築といった面でスパイグラスヒルはもっともっと高く評価されるべきコースである。まさに地形に即したコース作りでありジョーンズSrの手腕が光る。私は寧ろぺブルより手腕の観点において勝ると見ている。
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景観を利用しない、またはその地形を全く生かさず0から造形を作りこむコース造成も近年増加してきた。そんな取り組みの最たるはラスベガスを代表して他は無い。
ベガスこそまさに何もない真っ白なキャンパスに絵を描くという表現がぴったりな場所である。 シャドー・クリークという全米ベスト20に入っているコースであるがとても美しく自然である。砂漠の中にこれを人口的に全て造成したのだからアメリカ的といえばそうである。しかしその絵画のようなコースに私の心は長く感動しなかった。寧ろベガスから150キロ走ったメスキートに存在するウルフ・クリークに感動を覚えた。まさにグランドキャニオンを彷彿させる景色に溶け込む険しい崖と岩それに反する美しいグリーンの芝とどれも印象的な感動的なホールが続く。これこそアメリカの大地にキャンパスの絵画ではないか!
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今アメリカゴルフは巨大な金融バブル船に揺られて大きく進路を進みあぐねている。まだ、キャンパスがたくさん残されているうちに誰かが警鐘を鳴らすのを祈りたい。アメリカのオリジナルの色で描いて欲しいと。
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しかし、少なくとも私は今までそうであったが・・・、全米のベスト50を巡礼するに従って沸々と疑問が生じてきた。そもそも優れえた、ワンダフルなゴルフ場のとるべき姿はこうであっていいのか?これぐらいなのか? である。 私はアメリカはリンクスに敬意を高くもって接しているのは良くわかるのだが非常にそれが足かせになっていると思う。また当たり前なのかもしれないが伝統そしてプライベートにも弱い。また大都市の名コースにも甘い。 ランキングをみてもパインバレーは今でこそリンクスからパークランドタイプのそれの融合であるがおそらくオープン当初の設計家の理念はリンクスそのものまたシネッコックやバンドン・パシフィックと言ったコース、リンクスとは思えないがぺブルやサイプレス・ポイントとまた最近のサンドヒルズもすでにランキング上位であり云わばイギリスリンクスのまさに模倣である。 (私は模倣を揶揄しているのではない。そればかり求め崇拝するアメリカゴルフの方向性に問題があると言っていうのだ)
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現在造成されているニューコースたちもまさにそれで、恐ろしいリンクス模倣バージョンを造れば高い評価をもらえようという安直な走りである。 実際、ラウンドしてみて判るが模倣から感動は長く続かない。それはテーマパークに似ている。それはどんなに名画でも模写・ポスターでは永遠に人々の心を感動させるのが難しいのと似ている。 リンクスの原型は既にイギリスで始まりイギリスで終わらせたほうが良い。設計家たちはその数百年前の描画法を模倣すべきではない。新しいスタイルを構築していくべきである。決してオーナーのニーズや周囲に合わした絵を描画し続けてはいけない。そんなことをしてきた一流の芸術家など歴史上皆無であろう(もちろん、一部を模倣というスタイルは芸術上において不可欠であるのだが。)
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その意味で近代のロバート・トレント・ジョーンズSrやドナルド・ロス。そして現代のピート・ダイそしてトム・ファジオを私は高く評価する。彼らはいち早く近代においてアメリカにはその大陸性からパークランドタイプが適していると判断して取り込んだ。ピートダイにおいては発展的リンクスを構築した。それぞれに独創性がある。独創性においては現代の後者らのほうが際立っているかもしれない。 彼らのコースは、設計家名を明かされなくてもそれとわかるアイデンディティーがある。それは芸術作品にとってとても大事なことである。 一方で私は、独断であるが例えばオリンピックゴルフクラブ・レイクやリビエラそしてサンフランシスコゴルフクラブ、ロサンジェルスは評価が低い。 ぺブルさえも私ならこうすべきであるホールが半分以上である。おそらくぺブルは景色の雄大性に設計家が根負けした感がある。もっと緻密にシツコク戦うべき素材の作品であった。サイプレス・ポイントはバランスの点で勝る。
またパークランドとリンクスの融合といった新しいジャンルの構築といった面でスパイグラスヒルはもっともっと高く評価されるべきコースである。まさに地形に即したコース作りでありジョーンズSrの手腕が光る。私は寧ろぺブルより手腕の観点において勝ると見ている。
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景観を利用しない、またはその地形を全く生かさず0から造形を作りこむコース造成も近年増加してきた。そんな取り組みの最たるはラスベガスを代表して他は無い。
ベガスこそまさに何もない真っ白なキャンパスに絵を描くという表現がぴったりな場所である。 シャドー・クリークという全米ベスト20に入っているコースであるがとても美しく自然である。砂漠の中にこれを人口的に全て造成したのだからアメリカ的といえばそうである。しかしその絵画のようなコースに私の心は長く感動しなかった。寧ろベガスから150キロ走ったメスキートに存在するウルフ・クリークに感動を覚えた。まさにグランドキャニオンを彷彿させる景色に溶け込む険しい崖と岩それに反する美しいグリーンの芝とどれも印象的な感動的なホールが続く。これこそアメリカの大地にキャンパスの絵画ではないか!
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今アメリカゴルフは巨大な金融バブル船に揺られて大きく進路を進みあぐねている。まだ、キャンパスがたくさん残されているうちに誰かが警鐘を鳴らすのを祈りたい。アメリカのオリジナルの色で描いて欲しいと。