和歌山からわざわざ来ていた患者。
診察のために前日にホテル宿泊して来院される。
聞けば来院にかかる時間は5時間半と。
医療がegoではいけないので紹介をなんども推奨したが
来てくれてしまう。
変わり者の医師にはこういう患者が多いのか。
中国から通う患者やサンディエゴから通う患者、
京都から通う患者などもいらっしゃる。

さてその和歌山の患者であるが
来院されてから7年。
診断名は当初から「前立腺がん末期」である。
現代医学の限界まで治療したつもりである。
最終的にはメタストロン(放射線内療法)も3回施行した。
半年前に「がん性のDIC」の状態となり余命1ヶ月の可能性もあったが
なぜか奇跡的に延命。
その間、掟破りの痔の治療や両目白内障の治療まで施行した。
「おかげでごはんの米の白さがわかります!!」と喜んでくれた。
西洋医学をしていて「前世」とはこれいかにであるが
彼の場合は古代前世が「エジプト」だったようで
病床で最後まで自作のエジプト辞典を見ていた。
僕にも象形文字で書かれた自作の辞典をプレゼントされた。

普通「退院」は無理という医療判断を押し切って「花見」に無理やり退院させた。
花見は十分堪能されたようで2日後帰院されて
「これほど桜がきれいでびっくりしました」と笑顔
箱根へ僕が旅行してくると告げると
「じゃあワインでも買ってきてください。」と茶目っ気たっぷりに笑う。
「帰ってくる頃にはこうなってるかも・・」と手を十字にされた。
「それはないですよ」と笑うと
「そうですかね〜」
彼から
「そろそろえらくなりました。いよいよ頼みます」
と言われたのは2週間前。
貼付フェンタストパッチ(麻薬)をあえて塩酸モルヒネ注射へ移行させて安寧を図った。
エジプト好きの彼に
古代エジプト第4王朝のクフ王(King Khufu)のために建造され、4500年以上もギザのピラミッド脇に埋められていた大型木製船「太陽の船(Solar Boat)の発掘作業が
佳境にはいっていることを回診の雑談で告げた。
彼は
「じゃあそれに乗って三途の川でも渡ろうかな」と笑う。
太陽の船が発掘された日、
「太陽の船、発掘されましたよ!」
「それはよかったです。」と笑った。

彼との会話はそれが最期。
急変を聞きつけ病床へたどりつき
他に誰もいない彼の病床で
ひとり長く語りかけた。