通い始めてなんども驚かされるのはその「博識」ぶりである。時にはゴッホのこと、落款のこと、染料のこと、日本画のこと、wineのこと、茶道具のこと、墨跡のこと、墓石のことなどである。その博識は広いのであるが、深いのである。僕もそれまで多少なり知識欲があり知っているつもりが無かった訳じゃないが、そんなことが恥ずかしくなるほどマスターにおける知識の裏付けは「首尾一貫」として冷静沈着に語られるのである。マスターがいつこのような勉学に励んだかは聞くことをしなかった。マスターのphilosophyをその知識から伺い知るに従い、それを聞かないことが僕の唯一できる作法と感じたからである。後にマスターの母から早稲田の大学院時代に図書館の気に入った本のほとんど全てのコピーを卒業後持ち帰った逸話と聞かされた。予想された話ではあったがそれがマスターの博識の全貌ではなく、彼は日々勉学に勤しむ男であり、それを継続さえすれば誰もが深遠なる知識を持てる道標を無言に諭しているかのようだった。

マスターの知識の伝授においてある一定の作法がある。まず知識の伝授をする前に知識を求める人の話をよく聞くということだ。ほとんどやさしくうなづくか相槌をいれるのみで全ての吐露を抱受してくれる。
そしてその場ではより簡潔な言葉で答えをくれる。回りくどい薀蓄ではなくひけらかした知識の羅列でなく、より分かりやすい平易な言葉で、的確にそれを纏めてくれる。
次に会ったときには何かを渡される。何かとは場合によって様々であるが時に「本」であったり時に「印刷物」であったり・・。こんな本が存在したのかとか、どこのこれは印刷であるのかと驚愕するものばかりであったが。そしてその時はまったくそれに対しても多くを語らない。そっと渡すのである。まるでその渡したものから僕が感じようとする無垢なる気持ちを邪魔しないかのような印象であった。
そして最後にしばらくして「手紙」または「E-mail」がそっと送られてくるのである。追加提言がなされることもあるし、冗談めいた書き方で暈すこともある。ただその頃にはすでに僕の持っていた「疑問」はくっきり明瞭な基線が浮かんで見えていてそのマスターの当初なら難解で「感じ得ない」言葉も首肯きながら咀嚼できるのである。
このマスターの博識の作法は今持って回顧れば感じ得たものでその時には作法の形式を分かる由もなかったのは言うまでもない。