「福島第一原発の事故で漏出した放射性物質は広島原爆の約二十個分。一年後の残存量は原爆の場合、千分の一に減るが、原発から出た放射性物質は十分の一程度にしかならない」 

先週、厚生労働委員会に参考人として呼ばれた東京大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦教授の発言はある意味、「想定内」の筈であったが聴いた国会議員たちにとっては「想定外」の衝撃だったらしい。

細野豪志原発事故担当相は日本記者クラブでの記者会見で「除染作業こそ国家的プロジェクト。福島の皆さんに希望を持っていただける」と語っている。今後、除染作業が兆単位の公共事業になるのは間違いない。
電気エネルギーを原発に委ねることこそ科学の発展、文明の発展と世界は盲進してきたわけであるが「原発のほころび」を「除染」という形で償うことのみが現時点での「科学のあり方」「国家のあり方」となった矛盾性。

児玉氏が国会で発した二つの言葉が心に響く。

「人が生み出した物を人が除染できないわけがない。福島におけるセシウム除染は、次の世代への日本の科学者の責任である」。

この言葉には震災から立ち上がろうとする日本への最大の慈しみを感じる。

「七万人が自宅を離れてさまよっている時に国会はいったい何をやっているのですか」。

もう一方の言葉には・・・・我々国民の気持ち、言わずもがな明らかであろう。