患者中心の医療(PCM:Patient-centered Medicine)の実現
当たり前であるが達成が難しいとされる医療
患者が中心であるから「満足度」「医療幸福度」が高いとされる医療
これを実現するための医療とは何か?
・EBMのlevel別整理
根拠に基づいた医療 EBM(en:Evidence-based medicine)
これに対峙するには本当にエビデンスなのかという問題を突き詰める必要がある。
例えば転移性のがんに対してのエビデンスlevelと早期限局がんのエビデンスlevelは同等と言えるのかという問題。完全に治るエビデンスと治らないけど少し延命するエビデンスとは同等と言えない。
ガイドラインにもなるエビデンスと論文レベルのエビデンスではまた同等ではない。
EBMの完成のためにsecond opinionも推奨されよう。
・ICの徹底(インフォームドコンセント)
・患者の人生物語に基づいた医療 NBM(Narrative-based Medicine)による補完
患者を個々の人生の主役と位置づけて、医療側はあくまで物語の聞き手として全人的に患者中心医療をサポートする概念
患者中心医療の背景には「医療者中心の医療」や「家族中心の医療」、「薬品会社中心の医療」等への反目があるのは事実。このような医療では結果、数日長生きしても「患者の満足」が得られることはない。
薬品会社などが権威者と組んで作られる狙った「エビデンス」に本当の中身があるのか。終末期がんにおいて「家族」とだけ密室医療をしていないだろうか?「医療者」側のegoで薬剤選択をしていないだろうか。
いまだに病状告知もせず、終末期要望も聴取せず医療側のegoで無理な延命をしている医師たちは「生存日数」こそ「患者満足」だという妄信をしているにすぎない。こういう医師たちは「NBM」の欠片もないだろう。なぜなら患者の物語をfictionに塗り替えているからだ。この場合の「嘘も方便」は誰の「満足」なのか、自問自答すべきである。(患者に直面して真実を伝えて物語の聞き手なるということは大変な作業、大いなる作業である。その努力を怠ってはいけない。)
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我々は本当の意味で満足が得られる医療が「患者中心の医療」という当たり前の事実に直面し、そしてその実践方法の希薄さに狼狽しているのが本当のところではないだろうか?
当たり前であるが達成が難しいとされる医療
患者が中心であるから「満足度」「医療幸福度」が高いとされる医療
これを実現するための医療とは何か?
・EBMのlevel別整理
根拠に基づいた医療 EBM(en:Evidence-based medicine)
これに対峙するには本当にエビデンスなのかという問題を突き詰める必要がある。
例えば転移性のがんに対してのエビデンスlevelと早期限局がんのエビデンスlevelは同等と言えるのかという問題。完全に治るエビデンスと治らないけど少し延命するエビデンスとは同等と言えない。
ガイドラインにもなるエビデンスと論文レベルのエビデンスではまた同等ではない。
EBMの完成のためにsecond opinionも推奨されよう。
・ICの徹底(インフォームドコンセント)
・患者の人生物語に基づいた医療 NBM(Narrative-based Medicine)による補完
患者を個々の人生の主役と位置づけて、医療側はあくまで物語の聞き手として全人的に患者中心医療をサポートする概念
患者中心医療の背景には「医療者中心の医療」や「家族中心の医療」、「薬品会社中心の医療」等への反目があるのは事実。このような医療では結果、数日長生きしても「患者の満足」が得られることはない。
薬品会社などが権威者と組んで作られる狙った「エビデンス」に本当の中身があるのか。終末期がんにおいて「家族」とだけ密室医療をしていないだろうか?「医療者」側のegoで薬剤選択をしていないだろうか。
いまだに病状告知もせず、終末期要望も聴取せず医療側のegoで無理な延命をしている医師たちは「生存日数」こそ「患者満足」だという妄信をしているにすぎない。こういう医師たちは「NBM」の欠片もないだろう。なぜなら患者の物語をfictionに塗り替えているからだ。この場合の「嘘も方便」は誰の「満足」なのか、自問自答すべきである。(患者に直面して真実を伝えて物語の聞き手なるということは大変な作業、大いなる作業である。その努力を怠ってはいけない。)
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我々は本当の意味で満足が得られる医療が「患者中心の医療」という当たり前の事実に直面し、そしてその実践方法の希薄さに狼狽しているのが本当のところではないだろうか?