「まあ森羅万象すべからく通り過ぎていくんじゃよ」
「お金も食べ物も同じですか?」
「そう、まさしくそうじゃよ。食い物はわれわれの口を通ってうんちになって出ていく。お金もおんなじじゃ。」
「なるほど、じゃあお金をいっぱい稼ぐ人は仏教ではどういうことなんですか」
「単にお金をたくさん稼ぐっていうのは一杯食べ物を食らおうとしていることと変わりがないんじゃ。善し悪しではない。」
「つまり単に我々を通り過ぎるものであるから、量ではないってことですよね」
「そうなんじゃ。その本質のほうが大事なんじゃよ。」

「ボランティアさんも社会にはいますからね。反対にギャンブルで一攫千金を目論む人もいますからね。稼ぐお金にも食べ物と同じで善いお金と悪いお金がありそう」
「だから本質なんじゃ。量ではないんじゃ。」
「食べ物は最終的にはうんちになりますよね。お金も変化して出ていく?悪いお金を食べれば消化不良ですぐ下痢になるってことか」
「お金も食い物と一緒。いずれにしろ出ていく運命じゃ。通りすぎるのみ。」
「ずっと貯め込んでいるひともいますよね。」
「いずれ出るために控えているのは善し。それもなければ便秘と一緒じゃ。」
「便秘ですか。通りすぎて、無になることを納得する?」
「所詮、現世ではその「無」や「空」を知る作業なんじゃよ。」
「色即是空ってことですか」
「そういうことになる、実際仏教ではこういう説法も空であるのじゃ」
「じゃあ今聞いたありがたい話も無かったということですか?」
「っそうじゃ。すべからく通り過ぎるのみなんじゃ」