「  生生是のみ修行なり

    すなわち

 会う人須らく我が師なり

    すなわち

  我の前にあるもの万象須らく我が教科書なり

  ゆえに我は生きる、ゆえに我はただ歩くのみ」

        (by soy 1996.4 )