"It's the young executive wearing cufflinks and a tie that's going to wind up being the CEO in thirty years. He knows who he is and is not afraid." Glenn O'Brien
僕と真逆の空間理論でありながら実は似通っている空間を好む男がNY作家のGlenn O'Brien氏だ。
彼を随分前に知ったときに自分の空間学が真逆であるのに出来上がっている共通項の多さに唖然としたものだ。Indigoの壁紙が好きな男は少ないが更にそれを書斎机に対面に張る男。
更にリビングに敢えて書斎机を置く男。
更にindigoの壁に黄色baseのアートを置く男。
時代の進歩を感知せずマイペースの男。
自分の好きなものを感性で置く男。
オリベッティーのタイプライターを置く男。
タキシードを好む男。
家族を何よりも大切にする男。
人間は違う方向に進んでも同じ方向に帰ってくるという矛盾性を垣間見た。
イスは、同じブランドで統一してはいけない、というのはインテリアを考えるうえでの彼のルールのひとつである。
結婚であれ何であれ、ある程度自分の自由が制限される環境にあるとしても、男は必ず自分の部屋を持つべきである。
壁の色の選択が夫婦の好みを見分ける指標だという人もいるかもしれない。
生活環境は男の“人となり”を表現するだけでなく、快適かつゲストを迎えるのに最適の空間であって然るべきだ。
壁には何も飾らないのを好む人がおり、そう唱える著名な建築家も数多い。私は壁一杯に絵を飾るのが大好きだ。
現代では飛び切りの贅沢品となった暖炉だが、私はテレビなどより薪が燃える様子を眺める方がよほど好きだ。
アナクロ人間や老人のようにローマ時代のものを収集しているわけではなく、自分にとって意味のある品々を集めている。
私はコンピューターではなく、愛用のカルティエの卓上時計をチェックする。
私は自分の生活空間がもつ時間を超越した佇まいが好きだ。“時代遅れ”であることは、過去と同じように未来でも気が楽なものである。私にとって進歩を示す証拠は少ないほど好ましいので、日付を告げるデジタル時計などは極力避けている。
今でも手に入るなかで最良のタイプライターは、エルメスかオリベッティのポータブルだ。蛇足を承知で言うなら、机に置くものとして、良質な“1B”の鉛筆、ピンクの大ぶりな消しゴム、そしてモレスキンのダイアリーに優るものはない。
モダニストの家具は嫌いではないが、あたかも口のなかで一緒くたにされたように家が振る舞うのはなんとしても避けたい。建築の折衷主義とはそんなものよりはるかに魅力的である。私にとって好ましい生活環境は、そこに数百年住み続けているかのような佇まいだ。
中世のクラフトワークへの回帰を謳った19世紀の芸術運動アーツ&クラフツ・ムーブメントが、モダニズム建築に大きな影響を及ぼした20世紀のバウハウスや、19世紀後半に中流階級を中心に展開したエステティック・ムーブメント(耽美主義運動)と共存できない理由はない。アート作品のディスプレイ方法に関して言うなら、壁のいたるところに作品を吊るすハンギングサロン・スタイルが好きだ。私の個人的な嗜好であって、インテリア・デザイナーの方法ではない。だからといってもちろんインテリア・デザイナーという職業に対して異議を唱える気など毛頭ない。事実、私の親友の一人はインテリア・デザイナーだ。彼が私の買い物につきあい、私がディナーをおごることもしばしばだ。
追記。次の物を所有することをお忘れなきよう。靴べら。良質なトランプ・カードをいくつか。カード・ゲームの極意を記したエドモンド・ホイルの著書。辞書。同意語反意語辞典。相手を死に至らしめる護身用武器(ちなみに私の好みは剣を仕込んだ杖。セールスマンよ、ご注意あれ)。






