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もし聞かれれば僕はシャッフルトンの理髪店1950 年をロックウェルの 最高傑作に挙げる。
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彼が描いた作品は基本的に雑誌のイラストであるため壁に掛けると本来の輝きを保つのが難しい。これは浮世絵の場合にも起こり得る事象でやむない事だ。

しかしながらシャッフルトン氏の理髪店はどうだろう?見れば見るほどゴッホやフェルメールと同等の存在感が醸し出されてくるのだ。

シャッフルトン氏の理髪店は、窓ガラスにひびの入った、古めかしい 感じの実在の店である。店内はガラス越しに見えるが、閉店後の様子が映し出されている。よって手前の 理髪スペースは電気が消されており、ストーブだけが赤々と燃えている。 室内が薄暗いためやや気づきにくいが、ストーブのそばで、一匹の黒猫 がじっと座ってシャッフルトン氏たちを見つめている。ロックウェルの『ポスト誌』表紙の中で猫が登場する作品は他 にもあるが、背を向けているのはこの作品だけである。
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開けられたドアの向こうの部屋では、シャッフルトン氏とその仲間た ちが演奏の練習をしている。
≪シャッフルトンの理髪店≫において鑑賞者はシャッフルトン氏たちが演奏している部屋に届きそうで届かない場所に位置づけられている。
筆描きのスケッチの段階(前述)では、手前の窓ガラスは存在していな
かったが、完成作品では窓ガラスが手前にあり、鑑賞者はさらに遠ざけられている。
窓やドアで隔たりを強調することによって、僕らはノスタルジア感情を喚起されさらにあたかも僕らがその場所に居合わせて覗き込んだ気持ちにさせられる。
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シャッフルトン氏たちの部屋の物理的な隔たりは、隔たりであるように見えて実は僕らをいつもタイムスリップに誘う導線なのだ。

フェルメールやゴッホが用いたのと同質の光も小さな奥まった部屋を優しく照らしている。
Shuffleton's Barbershopはアンディーウォホールのマリリンモンローではなくゴッホの夜のカフェに比類されるベキ
近代米国芸術の傑作である。
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