木工作家、鉄作家、革作家、陶芸家

いろいろあるけれど
みな、ひっそりひっそりしている方たちが多い。

そうですね。

草原の風になびく草花

大地に静かに立つ樹木のように

そう、ところが

現代アート、油絵の画家や書道家、オブジェ作家となるとこれがちょっと変わってくる。

個性が強いといえばそれまでであるが

万人受けしないところを狙っている?わけであり

あたかも「 そこを理解するのが困難なように 」
理解を遠ざければ遠ざけるほど

マイノリティー客は 「 わかります、わかります 」と寄ってくるのだ。
ぼくだけ、わたしだけはわかります、なんてね。

「 なんとまあ、その微妙なニュアンス汲んでいただけましたか 」などと

「 そこをご理解いただけるのはかなりアートへの造詣がおありかと。ひょうっとして学芸員さんか・・」
とギャルリーの方から声をかけられればもう有頂天になりかねない。

一枚20万円を超えようとするかなり的外れなど素人アート作品はこのように売られていくのっである!

最後に

「 わたしも実はこれが一番好きな作品。 」
「 あなた様のような方こそこの作品の唯一の理解者であり傍らに過ごすに相応しいお方」
「 作品も喜ぶに違いありませんン 」
と畳みかける。
もうそのころには足は半分宙に浮いている。

「 この作品との出会い、それがあなたの10年、20年先にそっと奇跡をおこすと信じています。今日はそんな素敵な出会いですね。」と恰好の殺し文句。

「 作品があなたの人生にかける魔法 」というより
「 やり手のギャルリー店主にかけられた洗脳 」といったほうが正しいかもしれない。

ああこれかとギャルリーから出るころには客の体は完全に宙にまっている。

そんな洗脳から容易く解き放たれることはない。

そして客は再びギャルリーに赴くのである。