そんな問いかけを受けるとき真っ先に浮かぶのが女優の高峰秀子さんのセリフです。

「 生活の何もかもを、自分の手でやっていくようにしたこと。普通は一生懸命貯めたお金で人を雇ったりして、老後の負担を軽くすることを考えるわよね。私たちは逆のことをした。夫婦ふたりだけですべてをやっていく生活を始めるために、それまで働いて貯めた有り金を全部吐き出したんです。
 家にいたのは皆長く勤めてくれた人ばかりでね。けれどみんな納得してくれました。で、9部屋あった家を壊して、更地にしてから、3間っきりの小さな家に建て直すことにしたの。足りない分は絵や骨董を売ってね。この世の店じまいの手始めに、ひぃえーっとのけぞるような大枚をはたきました。」

「しごく爽快な気持ちです終の住処は三間だけ。つまりお客を招かないということです。トロフィーも含めて全部捨てちゃいました。ただ重いだけで何の役にも立たないもん。」


「要るものだけ。 そんなこんなで買ってきた古いものを日常でどんな風に使ったら息を吹き返してくれるかなと使い方に頭をひねる。それは買い物よりももっと楽しいことでしたね。」

「だって裸で生まれてきたんですもん、裸で死んだらいいんじゃない」


どきっとしました。最後の言葉、

僕が数年前にこの誌面にて記載した言葉とまったく同じ。
もちろん、心境が違うゆえに重みと深みが違いますがどきっとさせられました。

皆さんもこの賢人(最近このことば軽んじて使われていますが本当はめったに使わないことばです。)秀子さんの言葉を読んで考えさせられませんか?