夏になれば思い出す。って
そう、捨てるための流儀。
最近は売られる方増えていますよね。
それも悪くありません。
ただ
我が家は徹底して捨てます。
誰か着れるのにとか、誰かがほしいとか、お店もぜひ売ってほしいとか色々あるんですけど
もう何の未練もなく捨てるってのが潔くて好きです。
この2年残念ながら出番のなかった春夏と秋冬の一部計なんと
なんと約50着超をまとめて。先ほど捨ててきました。
毎年のことですが呆れるばかりです。
LBM1911、イタリア物が昨年物も含めて数着入ってますから、購入する際の見識も問題であります。
アフラックも大量に入ってますから。互いにすっきりしたわけです。
この捨てるという行為によって、浮かび上がるのが
人は何のために服を着るのかということ。
不思議であります。必要としているのに不要なものが生まれているのですから。
服に何の問題もありませんから、こちら側の問題なのは明らかであります。
アッピーもそれ見て「 わたしも捨てたい!!」と我さきに色々選ぶんですけど
子供のものは思いが詰まってますから意外と思いっきれないんですね。
その点、アッピーは潔くどんどん捨てるように選んできます。
アッピーには不出来な父親から学んでほしいという勝手な思いから
アッピーのお気に入りな服は祖母グルヌイユが少しづつリメイクして長年着れるようにしております。
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初夏から真夏。
これはタイドアップが相手に不快感を与えかねません。
ですから唯一、カジュアルが重んじられる季節でもあります。
カジュアルの方程式ってないですからね。
ここ数年
Scotch&Sodaのカラパンデニムに
タイト目のScotch&Sodaのポロシャツ
長袖シャツをシャツジャケットとして羽織るんですけど
そういえばオランダのVICTOR&ROLFやデンハムもそうですが我が家に結構
アムステルダムの潮流が流入して久しいです。
10年前、20年前にオランダのカジュアルブランドを着るようになるとは
まったく予想しておりませんからまったく不思議なことです。
そうそう、このシャツジャケットの僕なりの流儀ってあるんだけど
Tシャツに合わせるってのはよくありますので致しません。
襟がクシャっとなったビンテージ加工したタイトフィットポロに
まったく異素材の本当に薄手のきれい目
シャツなんかが気に入っております。
ビンテージ襟ときれい目襟で合わせてですね。
以前はLARDINIやFSCのシャツジャケット、シャケットとかも気に入って悦になって着てたんですけど
考えてみたらこういう初夏なんぞは思い切ってふつうの長そでシャツで合わせればいい訳ですよね。
薄番手のコットン、コットンリネン、フレンチリネンなんぞのホワイトからライトブルー、ライトグレーのシャツでシャツジャケットとして
着るわけです。普通のシャツですから一見、単なる「 重ね着 」のように見えますが
襟シャツの上に着ているのであれっと「違和感」もあり、それがスパイスとなっている わけです。
もしシャツってのがシャツシャツしていて嫌だって方はさらに潔く
夏用のシャツジャケットとしてシャツ丈を「 ジャケット 」風に長さ調節して短く裁断して縫製すると良いです。
さらにさらにそれを「 サイドベント 」 などによりジャケットナイズさせるともうマニア。
きっとわかる方にはわかる洒落、まあわからなくてもそういうものこそ心地よい洒落ですよ。

