過去世と言う概念が許されるならば、この120年以上前に描かれたマルケトリーほど浪漫に満ちたものは存在し得ない。
我々家族がまだ二人でつつましく暮らしていた頃にさかのぼる。
アンティークフランドルがまだ八事にあった頃に義父ヒッチコックの超アンティーク好きから電話があった。
『 ソイ君、アンティークフランドルにとても良い絵があるので買いたまえ! 』
義父ヒッチコックの電話はいつも小淵首相並みに唐突なのであるが、一応僕たちも興味もありいそいそ出かけてみた。
アンティークフランドルの中二階の階段に飾られたその巨大なマルケトリーを見た瞬間にぼくはその絵の真ん中に描かれた貴婦人の強い視線にこの人がぼくの家に来るというなんとも漠然とした予感がしたのである。
120年以上前に描かれたフランスのマルケトリー。つまるところ寄木細工のアートであるのだが馬の雰囲気といいフランスのジャポニスムが見え隠れしている。題材はフランス貴婦人お三方の鷹狩りである。鷹狩りといえば男性の男性たるスポーツであるのだが、フランスではごく一部の地方または階級にて女性に於いても200年前から嗜まれたものらしい。
この絵は何とも無責任な義父の強い薦めで買い取ることとなり、家の特等席に鎮座した。そして当時すでに10年間にわたり不妊治療を行っていて世間的には絶望的に感じていたものであったがこの貴婦人が我が家にやって来る!と言う奇想天外な予感は漠然としたものから次第に強く強くなっていったのである。
果たしてどのようにやって来るのか?

果たして彼女は庶民の家にやって来てしまったのである。
1年前から全てにおいて不思議なことが次々と連続して続いた。彼女の到来を歓迎するかのように道路は整備されエレベーターは完備され、フランスの女性好みの嗜好品が集まってきた。
婦人科から妻アフラックの電話を受けて妊娠の報告を受けた瞬間に名前がよぎった。さあ大変だ。あの方がやって来るぞと。数ヶ月後に性別が判明したわけだが全く無用であった。話はまだまだ続く。