人が人を裁くことの難しさを知って古代ローマは法を作った。

人民裁判はそれほど過酷で不安定で集団心理にあおられることを露呈する稚拙で原始的なものだ

舛添問題は確かに悪い問題であったが法には触れていない。

極論をいえば「 政務費をちょろまかしたせこい知事 」であるのだが

正直、全国の元・前知事たちは彼をバッシングしているが現職知事はだんまり。

これは何を意味しているのか?


まさに日本の集団いじめ・リンチの縮図ではなかろうか?

いじめられている者を擁護すれば今度は自分が集団いじめにあう危険性
また
いじめられている者を批判しても今度は自分が集団いじめにあう危険性

たたけば埃のでない知事など全国にいないのではないか

今回、都議会が舛添問題に終止符を迫った。(結果、終止符を勝ち取れていないが)
また最終的に与党・自民党が断罪した。

人が人を裁くことこれにて何が残るのか?

人は法以外で裁くことができるにたる資格を有しているのか?

都議会に議員・自民党与党の議員全員にその資格があったのか?
それに見合う清廉性を有しているのか?

果たしてそれらの資格にはおおいに疑問が残る。


叩けば埃がでる輩たちが埃を掃除したにすぎない
いわば集団的いじめ

今回の問題は海外にこのように滑稽に皮肉に称させることだろう