自他ともに認める僕とミネコさんのマキシマリスト対談。

「いいですね。今日のかごバック!」
「お茶のお道具入れだったんですけれどアレンジして蚊帳の布を縁取りしまして、持ち手をレザーであしらいました。」
「本当に素敵です。」
「昨日ミニマリストのアフラックとちょっと物を減らそうかと珍しく言っていたんですけど捨てるものはありませんでした」
「笑い」
「なかなかマキシマリストは捨てれませんね」
「私もですよ。」
「物との縁ってマキシマリストは感じやすい反面、ものすごく慎重に悩んで選んでその縁を大切にしていますからね」
「はいその通りです。以前、お話になって列挙された物たちとの関わり方、物との縁では

・等身大の自分が投影されるものであること

・額面で判断されることはないこと

・未完の部分も味としてあること

・永く付き合い自分とともに歩めること

・じかに所有して手に取ってそう感じ得ること

・物魂が宿っていること

・物欲の少ない人たちによっても求められること

・歴史の長さではなく出で立ちに深みがあること

・主張しすぎない自然体であること

・資本主義とは別格に存在してること

・やがて憂い、哀しみに色褪せても、少しの手間をかければたちまち輝きを取り戻すもの

こんな話が挙がりましたネ。 今見てもあの時しゃべった時間が思い出されますヨ。」

「 いろんなマキシマリストがいることと思いますがこうやって縁があって関わっていくと簡単には捨てられませんよね。そもそもそんな簡単に切れる縁でものたちと関わろうとは思っていないわけです。」

「 よく断捨離した、断捨離したって自慢なされるけれどそもそもどのぐらいの思いでその物を選んで来られたのか?あまり深く考えずに軽く縁をもった物でのはなしとはちょっと別物です。」

「 そしてそんなに物持って、最後にどうするのって話ありますよね?」

「 これよく聞かれます。 はいそのとおりです。」

「わたしはその物たちとも私も私の骨も墓さえも 『はいそれまでよ』ってえいと諸共消えたいですね。」

「 同感です。その責任の所在と道しるべとそれに関わるうんぬんまでしっかり責任とってね」

「 それを30代でやるか40代でやるか老後にやるか死ぬ直前にやるか、その違いというわけ」

「 早ければ早いほどいいってものでもありませんしね」

「遅ければ遅いほどいいってものでも?」

「 それもそうね。」

「 まあ ちちんぷいぷいえっいと自分が存在した痕跡ごと消えれれば本望ですからね」
「 それも同感です。 残したくない。 本当のマキシマリストの本質ってそこで分かれます。」

「 ちちんぷいぷいって存在したことさえ跡形なく物ともども消したいです。」
「 墓も要りませんね。」
「 要らないですね。マキシマリストって実はミニマリスト以上に無を最終的に知るかもしれませんね」

「 物事、どちらに極を振って真を知るということには変わりませんね」