改めてヘミングウェイを振り返る。
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彼の言葉は、
その一語一語が、清流の底から拾い上げたばかりの小石のように人を打つ。

それらのことばは、どれもがあるべきところに置かれて生き生きと光り輝くようだ。

ただし、かれの言葉が光り輝くようになったのはパリに来てからだ。

パリの街がそうさせたのか?
その答えにぼくが感じるのは、そうとも言えるしそうとも言えないという複雑なものだ。

彼ら夫妻がパリに渡った翌年 1922年12月にパリのリヨン駅で盗難にあったことに触れたい。
僕は運命の盗難事件と呼んでいるスーツケース盗難事件。
彼はそこで相当数ため込んでいた数々の作品原稿を一気に突然失うことになる。
それがきっかけで自失茫然となりしばらく創作活動から遠ざかることになる。
いろいろな評論家はガートルードスタインの出会いやパリ、イタリア、スペインでの様々な経験がもたらした産物と評するが・・・僕はこの必然とした彼の自分からの脱却を図る空白の時間が
大きく影響していたと考える。

その後に彼が回顧したとき、パリでの空白の時間で見出したある一つの方法論について語っている。

もし作家が、自分の書いている主題を熟知しているのなら、そのすべてを書く必要などない。
その文章が十分な真実を備えて書かれているのなら、読者は省略された部分も強く感得できるはずである。
まるでその動く氷山ごとく放つ威厳は、水面下に隠された8分の7の部分に存するのだ。


それまでくどくどしく重々しく説明論に徹した文壇の流れを彼は
この「 氷山方法論 」で軽妙に、しかしながら本質をつく文章で人々を魅了したのである。