無題4

岩倉榮利さんのことを知ったのは、確か 米国留学をする前後だった記憶がある。
2002年から2005年。

義父たちと頻繁に高山市を訪れたりして家具工房を覗くようになった。

そのときに高山ウッドワークスをプロデュースしていたのが氏であったように思う。


氏のデザインは、その時第二期黄金期を迎えていた。

第一期が、カラス、カブトなど 漆と金属を融合したスタイル。
ぼくも 雑誌 「 PEN 」などの表紙を飾ったものを見かけた。

無題

たしか本物に触れたのは、名古屋大須のMAKUDENさんだったか。

そののちに表参道ハナエモリビルに伝説のインテリア空間の創造者 ラユンヌ表参道で滝勝巳さんに
ずいぶん 岩倉榮利さんの椅子について伺った。
あのラユンヌは 、訪れるたびに刺激的な空間であったが惜しまれつつ閉鎖となった。


岩倉榮利さんの椅子は、 我が家に キャプテンチェアとピッコロチェアがある。
そのピッコロチェアに 岩倉榮利さんじきじきにサインを記載してもらったのが
2015年10月であった。
当時、あわただしく サンフランシスコ留学の準備をしていた。 岩倉榮利さんが名古屋に来られトークイベントを開催を聞き、またぜひと招待されていたのだが既にサンフランシスコに。
なんとか連絡を入れて 託したピッコロチェアにサインを入れる際に

「 物好きな人だな。 ぼくのサインなんかほしい人がいるなんて。 書いたことがないから照れるな。」なんて
語っていたそうだ。

氏も 「 自分のデザインで一番好きだな。 」とピッコロを見ながら言ったと聞き
相応しい偶然であった。

ここ数年は、娘が愛する志摩観光ホテルの宿泊者専用ラウンジで我が家の特等席として愛用している。
fritzHansenのハイメアジョンのハイバックチェアなど名だたる椅子がある中
まったく引けを取らない魅力を放つのがマリリンソファだ。
ちょっと前にも 日本橋でその一人掛けを迷ったほど素敵なソファだ。

c0467f71-s
d1ee5b25-s

パーソナルソファも品格が圧巻であるが、2人がけのソファとなると様相がかわる。
なんとも優しい まろやかな 家庭的なソファになるから不思議だ。
全景はこちらだ。
フィンユールともウェグナーとも違う 圧倒的に日本美な北欧系ソファだ。
おそらく氏に北欧系ソファと表現するのは失礼だが
これはKITANI JAPANの思惑もあるのでしょうがない。
MARILYNとなずけられ KITANIで唯一 名前が許された椅子だ。

無題5


どうしてもKITANIが肘を作るとフィンユールになってしまうのを
なんども何度も削りなおして 岩倉榮利のアームに昇華した。渾身のアームだ。


無題2


そしてKITANIの張地と折り返し。

この技術は世界一とうたわれる面目躍如。

無題3

志摩観光ホテルでお世話になっている椅子だなと思い出深い椅子だ。
氏を調べてみると どうやら 氏は 北欧系とは対極的に生きてきた方のようだ。
北欧デザイン研究の島崎信(しまざき まこと)さんのところにいたことも反面あるよう。
若き頃 ウェグナーのたまたまスケッチをしているところを垣間見てとても太刀打ちできないと思ったようだ。
そんなこともあり 「 北欧系デザイン 」とは対極で生きてきた。

氏が 師としてよく語る小泉庄吉さんは日本唯一のバウハウスラー山脇さんの最後の弟子らしい。
山脇夫妻は
1930年〜1932年バウハウスに留学した日本人夫婦 日本人女性としてはひとり目の留学生 建築家の夫山脇巌と茶人の娘お茶の水東京女子高等師範学校付属高等女学校出の夫人道子さんのことだ。


そんな岩倉榮利氏が先日逝去されたと 氏を知るきっかけとなったMAKUDENさんについ気になって立ち寄ったところ、10日前に家族葬に呼ばれたY氏から伺った。

岩倉榮利氏のここ20年来のお付き合いを海外の個展含めてデンマーク、中国すべてに随行されたY氏。
湯水のごとく氏の思い出を聞かせていただき あらためて
岩倉榮利さんの 
功績に
足跡に感動した。