うちの職場では、もっとも大変の仕事のひとつ
膀胱を全部摘出して代用に膀胱つくるっていう手術の介助を終えると 
あさから休憩なしでぶっとおしで着ていた
術衣をその日の責任と一緒に えいやって脱ぎ捨てる。

もう窓に映っている陽が沈みかかっている。

なんだろうね、自分のアイデンティティってやつは。
やっかい だな。
何か人に貢献っていうのかな、
注入していて代わりばんこにすぐに乾いちゃう
己の底に一滴ぽちゃんってもらっているだよね。

なにか皆に助かったと感じてもらえればって。
当然、自分のことがしっかりできていないと中途半端だしかっこ悪いし。

でも自分の仲間が周りからとやかく批判されるなんてことだけは嫌なんだよね。
ただそうならないようにしていたいだけなんだよね。

帰路に アノンさんのことがちらつく。
昨日 お風呂で47都道府県を全部覚えたら トワイス・メルカリ賞だよっていったら
そしたら
なんか プレッシャーだって! 覚えれるか不安だって?!
珍しく神妙にしてたから。 すぐ覚えれるか不安だって、本当かよ、あんな賢いのに。


まあ 大丈夫、 博愛のユリさんがついているから。

博愛ってやつは迂闊には使えないことばだ。
披露宴のときもみんなのまえで 大真面目に ユリさんのこと語ってたけど
ほんとうに博愛って言葉って まやかしだと 彼女に出会うまで信じていたからね。

例えば、犬好きの人が、通りかかった犬に、「 ほら。コイコイ、おいでっ」と手をさしのべている
ときの、こよなく優しく柔らかいまなざしを、誰でもドラマで見たことがあるでしょ。
見知らぬ犬は一瞬、身を低くして警戒の体勢をとるが、やがてその優しい瞳の色にひかれてソロソロ、ジワジワとにじり寄る。 「 お、きなさい、きなさい」とひとこえ、すくいあげるように抱き上げて膝にのせて 「 どうしたの? うれしい? おなかすいた? 」とゆっくりゆっくり背中を撫でて。
ユリさんって本当に犬に限らず(笑)どんな人にもどんな人間にもこの澄んだ眼で向き合う人。
だれかに注目されていなくてもひっそりひとりでできるひと。
未だに 名を公表してやっている寄付や慈善は反博愛って思っている性質だからね。

だから 前の職場のときに どこかの誰かが自殺を図って 完全に半身不随、 
心も こっちこっちに閉じてしまった患者さんといえば ぜ〜んぶ 彼女の担当だった。
他のスタッフやぼくが何をしゃべろうが 梃子でもうごかない彼らの冷え切った心に 
彼女の博愛のやさしさは魔法のように氷点下のこころを溶かした。 

博愛にして勇敢という稀有なひと。

強盗が職場にでたときも 男のひとたちが み〜んな逃げ出しても 
武器をもって駆け付けたのは彼女だけだった(笑)

不妊治療に徹するため意を決して退職するって! ぼくもびっくりしたけど 周りがもっと驚愕。
職場だけじゃなく病院全体で 本当に辞めてほしくないと惜しまれた言葉を目の当たりにして
本気っで 夫として(執事として?)「 もうしわけございません 」と。


不妊治療13年。
いまは 彼女の博愛は 全身全霊 アノンさんに注ぎ込まれているわけで。

終業から3分。
世界一短い通勤時間はぼくのヘッドフォンの1曲さえも許さない。
それでもヘッドフォンを被る理由は3分では言い尽くせない。

ガラガラ玄関扉を開けると

ユリさんが やさしい笑みで
「 一生懸命 おぼえていたわよ 」

まちがっても ぼくはスパルタでもない。
こんな産まれただけで授かっだけで感謝のマドモアゼル
なにもいう気もない。いう気になれないよ

それでも 覚えれていたか不安というのは トワイス賞獲得への焦り?
絶対服従の執事の提案になにを恐れることがあろうか

こんな社会情勢でもユリさんはアノンさんと毎日毎日 向き合って対話をいつものように
している。 当たり前のことを当たり前にするって ぼくには 到底お天道様を初めて拝んでからやったこともない。 この二人の会話を毎日きくだけで 夢心地だ。

ソウマン! テストお願いします。挑戦します。 よっつーし。やるぞ。
ポージングみたいなものだ。 イベントとしてアトラクションとしてだ。

「 令和二年 都道府県 テストを始めます。 よーい はじめ! 」

ダウンタウン 浜ちゃんばりの声で アノンさんのテストが始まった

さあ
ユリさん 何問アノンさん間違えましたか?
隣の部屋でユリさんは腕を丸くして0と合図、アノンさんの手をたたく喜び。

結果は 全問正解。 

博愛なんているわけない。

マザーテレサには会ったことないからわらかんけど
確かなこと 一つあるとするのならば
博愛 いるな 
毎日 みてるもんな いるわ 

まちがいなく