「Apple Watchという現代のお守り」
時間を知るだけなら、今やポケットの中に収まったスマートフォンが十分にその役割を果たしている。それでも、我々の手首にはApple Watchが巻かれている。スーツの袖口からさりげなく覗く四角いガジェット。はたして、それは機能美か、あるいはただの義務感か。
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Apple Watchをつけている人を見ると、どこか均一な印象を受ける。もちろんモデルやバンドの違いはあるけれど、あの形、あのディスプレイ、あの「通知の振動」はどれも同じ。自分の好みを主張しているようで、実は「Appleのデザイン哲学」に全員が従っているだけではないかと、ふと思ってしまう。個性を演出しているつもりが、個性を預けている。それがApple Watchの、静かな魔力だ。
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それにしても、充電が面倒だ。毎晩、寝る前に「充電しなきゃ」と思い出すのは、なかなかに生活の手間である。ただでさえiPhoneを充電する手間をかけてエアポッズまで充電を気にしている
それに加えてだ
長年使っている自動巻きの腕時計は、時に遅れたり進んだりはするものの、放っておいても動いてくれる。電池の交換だって数年に一度で済む。Apple Watchはというと、精密な小型コンピューターであるがゆえに、毎日エネルギーを求める。まるで、手首に赤ちゃんを抱えているような気分になる。
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耐久性についても気になる点は多い。スマートフォンと同様に、Apple Watchの寿命は精々5年前後と言われている。バッテリーの劣化、OSのサポート終了、新しい機能への対応不可——気づけば、「買い替え」の圧力が静かに忍び寄ってくる。愛着を持って長く使う、という腕時計本来の感覚は、どこへやら。iPhoneを買い替え、iPadを買い替え、エアポッズをさらにAppleウォッチ………Apple社の奴隷やしもべかとも笑
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さらに見逃せないのが、「Apple依存」の問題だ。iPhoneを持っていなければ、Apple Watchはただの高価なブレスレットである。通知、健康管理、決済、ナビ——すべてがAppleの生態系の中で機能する。つまり、Apple Watchを手首に巻くということは、Appleという巨大な庭園の中に、もう一歩踏み込むということでもある。
もちろん、便利な点も多いのは確かだ。通知を即座に確認できるし、Suicaで改札もスムーズに通れる。健康志向の人にはアクティビティ記録もありがたいだろう。でもそんなにそういう便利さを気にしていますアピールが、ダサいともとれる笑
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中にはこういう屁理屈をこねる人も
「高級時計について行かないアンチ精神」
何百万もする腕時計をつける人へのアンチテーゼとして、Appleウォッチさえつけていれば同等以上のライフスタイル主張となる、それだ
それならこう言いたい
●何もつけないのが最も鋭いアンチテーゼ
●Swatchのほうが半永久的で刺さる
●GショックやbabyGショックも半永久的で刺さる
Apple Watchは、現代人の欲望と不安をスマートに包み込んでくれる。それは、それをマーケットしたApple社企業の思惑通りの洗脳されやすい精神性のつけ込まれどおりとも取れる
でも、そのガジェットを外したとき、果たして自分は何を失い、何を取り戻すのか
充電されるAppleウォッチを見ながら、1番充電が必要なのは自分自身なのではと疑うときなのかもしれません
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